GIANT KILLING

読書、ピアノ、一人暮らしなどどんどん雑記として配信しているブログです。

大学の授業がつまらない理由は、価値観の押しつけにある。

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どうもフロッキーです。


先日社会心理という授業で自己評価の定義について疑問をもった。


社会心理学では


自己評価とは社会や自分の周りの人間と比べての自分の評価


ということだった。

それ他者評価ではないのか


僕が知っている自己評価とはコーチング的な観点でとらえるものだ。


つまり自分のゴール達成に対する自分自身の自己評価だ。


このように僕が思っている自己評価の定義があまりにも社会心理学のものと反するので、先生に意見をぶつけることにした。


すると、先生の回答は社会心理学で用いるのはあくまでこっちの定義というスタンスだった。


なんだか住む世界が違うからしょうがないといったような感じだった。

大学の授業がつまらない理由

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僕はこの大学側のスタンスに問題があると思う。


つまり定義が決まってしまっているとそれ以上進展がないということだ。


もし大学側が定義を定めないという方針をとっていたならば、僕が異議を唱えたことについて


どちらの定義のほうが人間がよりよく生きるには良い定義か


間違っているほうはどのような点に問題があるのか


といった建築的な議論ができる。


これはひとえに定義が決まっていないからだ。


もちろん何もすべての社会心理学に関する定義を決めなくてよいと言っているのではない。


僕のような人が、異議を訴えた場合に議論する場があるほうが良いと言っているのだ。


しかし現実の大学は先のように定義が覆るどころか、定義に関する議論など全くない。


教授は自分が事前に用意してきた知識を学生に教えることに精いっぱいで全く議論しようという気がない。


言ってみれば一方通行の授業というわけだ。


この授業に興味がない限り、このような何も議論のないものに興味を持てというほうが難しい。


じゃあそういう授業をとらなければよいという考えもあるだろうが、大学には必修という科目が存在する。


これは
www.azuna0605.info
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で説明しているが、とりあえず全員が好き嫌いにかかわらずとらなければならない授業だ。


だから学生が逃れる術など存在しない。