飽き性フロッキーの雑記ブログ

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大学の自由すぎる時間はモラトリアムになりえるのか?

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  どうもフロッキーです。

「今、やりたいことがないやつが何年かけようがやりたいことが見つかるわけがない。それなら高い学費なんて無意味だから働いた方がいい」

 これは僕が現役生だった2年前に親から言われた言葉だ。

 「そんなはずはない、モラトリアムが4年間もあるのだからその期間は有意義なものとして使えるはずだ。」と現役生の時は考えていた。

 今回は大学の自由時間はモラトリアムになりえるのかを考えたい。

モラトリアムとは

「休む」の画像検索結果

 ここでいうモラトリアムとは

学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を指す。心理学者エリク・H・エリクソンによって心理学に導入された概念で、本来は、大人になるために必要で、社会的にも認められた猶予期間を指す。

簡単に言えば社会に出るための準備期間だ。

 そして浪人時代もその考えは変わらず「大学とは自由な時間を買うところだ。受験が終わったら絶対に好きなことを極めてやる。」と心に決め、勉強に取り組んでいた。

やりたいことはできているが・・・

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 さてこの記事を書いているのは大学入学から半年が過ぎた10月の後半だから、一通りの大学生活というものを体験した。

 過去の望み通り、親が言っていたやりたいことを見つけることができているだろうか。答えはNOだ。

 大学に入ったところで、教えてくれるのは何度も習ったがよく分からない哲学のことやトイック対策の英語ぐらいであって、自分の好きなことを見つける為の方法論なんて教えてくれない。大学に入ってもしたいことが分からない僕は親の言うとおりになっている気がして焦った。

 しかし、ふと自分の生活を振り返った。すると読書やピアノ、ゲームやアニメなどボーとする時間がないぐらい好きなことを満喫できている。それなのにこの不安な気持ちはどこからくるのだろうか。

 答えは単純だった。

働き方はなかなか見つからない

 親が言っていたのはやりたい仕事のことだったのだ。つまり自分の好きな働き方を見つけろと口うるさく僕に言っていたのだ。

 この前提である以上困ったことが起きる。そもそも僕は働きたいと思ったことがない。アルバイトでさえ始めて3日目にはだるいと思っていたぐらいの人間だ。

 このような僕に影響を与えたものとしてYouTuberという人たちの存在が考えれる。彼らは「好きなことで、生きていく」という言葉通り、趣味を仕事にしてしまっている人たちだ。ここでいう仕事の定義は生活に不自由がない収入を得ること、と定義する。

 

www.azuna0605.info

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 つまり決められた仕事をこなし給料をもらうサラリーマンにならなくて彼らのように好きなことの動画をアップして、広告収益で生活できてしまえば、働く必要がないのである。

 このような生活スタイルの人たちが台頭してくるのを見ながら育ったことが働きたくない理由であり、そのような人たちを知らない親との意見の相違の原因だと思う。

 結論を述べると、好きなことは大学時代に満喫することが出来る。ただし、好きなことを追い求めているだけでは収入を得ることができない。自分で好きなことを利用して、食べるのに困らない程度の収益を上げる方法を探す努力が必要になるということが僕が大学に通って導き出した答えだ。

 好きなことと仕事は違う。